海へ出た夏の家出

海へ出た夏の家出 -1-*1
ぼくが家を出たのはママがおかしくなったからだ。
10歳のぼくにも、育児ってやつは大変なんだろうなってわかる。だってさ、街を歩けばいきり立ってるお母さんたちが本当によくいる。一度なんてさ、泣く子供をしかりつけて、自転車で猛スピードで走り去る女の人を見たことがあるよ。
だからさ、ぼくはママがぼくについて疲れてるなって痛いほどわかる。ぼくが夏休みに入って家にいる時間が長くなると、みるみる機嫌が悪くなる。そう、ささいなことさ。コップを置く音なんかがドンってなったり、ぼくが何か聞くといやそうに答えるんだ。ぼくは養われてる身だし、育ち盛りの子供がすぐ近くにいるつらさもわかるから、黙ってる。
パパも、ママの変化を包み込んであげられるとか、ひとつひとつに対応できるとかっていう人じゃない。ママのやることって、ささいだから、責めるほどのことでもないんだ。アルコールにおぼれるとか、男に走るとか、怒り狂うとか、そういうのだったらパパだって一応怒ったと思う。でも、パパっていうのは、ごくふつうの人なんだけど無力でさ、ママの小さな変化に、小さく傷つくだけなんだ。でもパパのそういうぬるいふがいなさ、ぼくは別に嫌いじゃない。
パパは毎日スーツに身をつつんで、ぼくらのために会社に行ってるんだから、大変なんだと思う。それに、ぼくのパパは、ママやぼくに、養ってやってるなんて一言も言わないし、多分そんなこと思ってもないんだよ。パパは多分、子供を持つっていうことが親のエゴだって思ってるんだと思う。ひかえめなんだよ。まあそんなわけで、ぼくはパパには、あんまり込み入ったことは言えないなって思ってる。
だからなるたけ家で過ごさないようにして夏休みをやり過ごしていたんだけど、夏休みも3週間目の昨日、ついにママが限界に達したっぽい。ママは、ぼくがママのお腹にいたころ、蹴ったことを責めた。ママのお腹蹴ったでしょって。
ぼく、さすがに、お腹のなかにいた時のことはなあって思った。まあぼくのせいなんだけど、ぼくには悪気がなかったわけだし。ああもちろん悪気がないから許されるなんてわけでもないけど、そういう類のことでもないからね。だから、ああ、ママはいま、ちょっと大変な時期なんだなって思った。ぼくがいるととても疲れちゃうんだろう。
ママは、たとえばパパと結婚しなかったら、ぼくが生まれなかったら、あんなふうにならなかったんだろうか。ずっと子供がいなければ、穏やかな気持ちでいられたんだろうか。そんなふうに思いながら、でもぼくが生まれちゃったし、仕方ないなって思った。ぼくが生まれたのは、ぼくのせいじゃないからさ。
そんなわけでぼくは海のあるおばあちゃんの家に行くことにした。

*1:暇だったら続きを書きます