二元論のふしぎ。

こないだ、化粧品のカタログなどを見ていて、韓国の女優さん(冬ソナでチェジウをいじめた、キュートな女性)が、「外見の美しさより、内面の美しさが重要だと思うわ」と、言っていた。かわいい人なので、何を言ってもOKだが、「内面>外見」というのは、よくある、二元論で、○VS△、だと○か△で優劣がつけられる、という画一的な見方がある。
こういうのはいろいろ。
頭と心。心と体。家族と仕事。愛情と友情。両立不可能なものとしてとらえられがち。書きながらそうでもないんちゃう?という気もしてきたけど、論が乱れるといけないのでこのまま進みたい。
たとえば、財力と愛。
よく、漫画などで、「おまえ、お金持ちと結婚することが幸せだと思っているのかい? ばかだねえ。貧乏でも、おまえを愛してくれる人と、おまえが愛する人と、一緒におなりよ」とかいうセリフがある。ハートウォーミング性とヤッピー性は両立しないのか。この手の発言の裏には「貧乏には何か真実がある」という祈りがかくされていたりもして、厄介だが、べつに真実はない。あるのはお金が(相対的に、あるいは絶対的にーー)ないという事実だ。
「貧しさの中からしか本当のことなんて学べやしない」と歌ったのは小谷美紗子だが、それは嘘だ。(できれば「イブの眠り」で烈がアリサに、「それはうそだ(ページ変わる)それはうそだ アリサ」と言ったときの感じで読んで欲しかった。)だって私お金ないけど、本当のことなんて知らないもん。だけど、妙に人生論めいた、二元論を信じる素直さが、止まることはないとみた。だけど私は猫も犬も好きだ。優しいし頭もいい。朝日も読まなければ読売も読まない。金もないし愛もない。あ、なんか落ち込んできた。
#でも両立しないものを無理に両立させようとすると破綻する。:Life is beautifulアウシュビッツとコメディ)おからクッキー(ダイエットとグルメ)