どうでもいいことだが、会社の上司が、同じ予備校卒だったことが発覚。生徒数自体、多いのだから(よく知らないが年間2000人はいそうな気がする。もっとか。)、そりゃあそういう人だっているだろうと思うのだが、なんで「私もなんですよ!(興奮)」と思ってしまうのか。 
またどうでもいいことだが、同じ学校卒の有名人はいるか、みたいな話になって、中高などはちゃんとカウントされるのに、大学になると、きゅうに「そりゃあいるよね。大学はカウントなしね。」みたいになってしまうのはなぜなのか。大学という大きな枠で話をすることなどほとんどなく(年間3000人、みたいな規模、有名人が比較的生まれやすい学校であることなどから、やや優遇されてる感があるのでこれは省くべきかなと)、だいたい「専攻」レベルでものを言っているのに、しかも「専攻」だと一年間に2、30人程度しか同窓となる人がおらず、そんじょそこらの中高などよりもずっと低い確率であるにもかかわらず、なんだか不当に、「大学とか、なしでしょ」みたいな反応を得ている。
でもどうでもいいんだけど。
もうどうでもいいことだらけだ。同時にどうでもいいことがうれしく、煩わしいのも事実で、その事実だってどうでもいいんだし、もうわけがわからなくて、その不透明性もまたどうでもいい、なんて言うともうエンドレスで、っていうか実はどうでもいいってわけでもないんだけど(でも実はどうでもよくないってわけでもないんだけど)、don't sayどうでもいいこと、という潮流に逆流を起こしたい、なんて気もむろんなくて、なにもかもがどうでもいいなら、おまえはどこにいるんだ!ってことなんだけど、どこにもいないなんていう言い方もそれはそれでどうでもいいよね。