何もないと思っていたあとに残るもの

自分なんてない、というのが大学生のころは口癖のように思っていて、そういうころに書いていたものって、あとから読むとなんのことを言ってるのかよくわからんような焦点をぼかしたものが多い気がする。対人関係においても、自分が何を思っているかなんてどうでもいいよ、どうせこの自分も誰かのコピーであるし、まあとにかくなんでもいいし、まあなんだっていいじゃない、みたいな気持ちでいたと思う。まあ、普通に、感情を出したりもしていたと思うけれど。かわいいねおいしいねとか。ということを長年続けてきて、ここにきて、なんか自分というものが、もしかしたらあるのかもしれない、というか、少なくとも、私の話を聞いてもらえてうれしい、みたいな気持ちがあるなと。私の、私の、私の話を聞け〜とは思わないけど。自分があるというより、ひとは認められて生きたいという普遍的な欲求なのかもしれないけど。